越後の百名山の旅
2010年7月17日() 〜18日(月、海の日)    Bergen単独行
記録
Bergenは7月の連休、因縁の山、越後の名山ー平ケ岳ーを登る計画を立てた。
ここは、その山頂に突き上げる美渓、恋ノ岐川よりの登頂を3度目指した。
何れも天候やメンバーの体調不良により途中でのリタイアを余儀なくされたので、未踏のまま残されていたのであった。

7月17日():移動日
神戸7:45ー(新幹線)ー12:42浦佐13:40ー(南越後観光バス)ー14:38銀山平(泊)
朝早くからJR住吉駅まで歩き、快速に乗る。
新大阪から東京に向かう車中でビールを飲んでいたら、思わず寝入ってしまっていた。
「やはり疲れているんだ!」
その前に色々と出掛けていたことを思い出した。

東京駅からは上越新幹線だ。
2階建ではなく、古い緑色の帯の入った車両である。
「100系と云うのかな?」
またまた寝入ってしまい、高崎で目が覚めた。
昼飯にしょうと思ったが、中途半端である。
「まあ、浦佐で1時間あるからそこで食うべし」
これがとんだ間違いであったのは、降りてから身にしみた。

何と、駅前には一軒のレストランがあるのみで、それも大混みである。
止む無く、コンビニで弁当を買って、食べながらバスを待つ。
地元の人には悪いが、新幹線停車駅と言いながら何分にも寂れた街で、
駅前の田中角栄さんの銅像も虚ろに見える。
ご存知、「田中角栄」先生(?!)の、浦佐駅前の彫像
やがてバスが到着し、大湯温泉に寄り道しながら、
シルバーラインのトンネルをひたすら進む。
このトンネル群は、昭和20年末に奥只見ダムの建設の際に作られたものである。
「昔、恋ノ岐川の遡行に来た際に通りましたね」
今では懐かしい思い出であると共に、(登頂できなかった)苦い思い出が胸をよぎる。

銀山平には1時間ほどで到着。
宿の車が迎えてくれている。
「おっ、中々綺麗な宿ですね」

母屋は一杯なので、併設のログハウスに泊まるようだ。
埼玉から来られているOさん親子が2階、Bergenが1階の部屋に泊まる。
まずは近くの公衆浴場(立派な温泉である!)で汗を流す。
それから夕食までは明日の登山に備えて、体調を整える。
泊まりの「湖山荘」
7月18日(月、海の日) 平ケ岳
 
5:20中ノ岐登山口…7:35平ケ岳山頂…(山頂周辺散策)…11:30登山口

一番最近のトライアルは一昨年、9年であった。
この際は、途中の枝沢から登山道に辿りついたが、山頂まで1時間半掛かるので登頂は断念したのであった。
今回は、些か贅沢だが、新幹線と旅館利用である。
この中ノ岐ルートは、別名「皇太子ルート」とも言い、宿泊の旅館の送迎バスを利用すると、短時間で効率的な山登りが出来る。暑さは最高だったが天候にも恵まれ、感涙の旅でした。

帰りは13時に登山口を出発予定なので、早朝の出発である。
暗い中、マイクロバスは出発する。
結構急で、曲がりくねった上り坂をバスは進む。
やがて、夜が明けて、東の空が明るくなる頃、
奥只見湖の支流、中ノ岐川林道入口に到着。
林道自体は、言われているほど悪路ではない。
「通行制限をしているのには、色々とあるのでしょう」

5時過ぎに登山口に到着。

駐車場には他の2館(奥只見山荘と伝之助小屋)の車がすでに停まっている。

今日は天気も快晴である。時間も早いから暑くもない。
「眺望が楽しみですね」
登山口での登山者集団
駐車場から、登山道を暫く歩くと、徒渉である。
大水でも壊れないように、ワイアーで繋がれた流れ橋が設置されている。
頭の上には、野猿も置かれているが、利用する機会はないらしい。
川を渡ると、いきなりの急登が始まる。

最初は雑木林の中の、九十九折りの登山道である。
「今日は蒸し暑いですね。飲料水は1.8Lで十分ですかね?!」
曲がりくねった狭い道には、岩や木の根が出ている。
Bergen
途中で、少し開けたところに到着。
「これが噂の、曲がりくねった杉の木ですね」
休みたいのは山々だが、一人なので出来るだけ見晴らしの良いところまで到達したい!
もう少し行けば傾斜が楽になるのではないか?との淡い期待をもって先を急ぐ。
しかし、ここからも急登の連発である。

前方に次第に傾斜が緩やかな斜面が広がってくると、玉子石の分かれ道でした。
ここは北側に中ノ岐川の流れがまっすぐに伸び、その先に未丈ケ岳らしき峻峰が望まれ、中々良い雰囲気です。

「ここからは池塘の中の楽な道です。それにしても、急な登りでしたね」
登りには先行するバスの方々を追い越してきたので、
先にお1人だけ、山頂に向かう方が見えるのみです。
途中の杉(クロベ?)の巨木
小さなピークを越すと、見えてきましたよ。
ここから先の平らなピークが山頂です。
木道がしっかりと敷設してあり、それ以外は立ち入り禁止です。

前方に雪田が見えます。この辺りは、中々良い雰囲気です。
「人がいないのもいいですね」
遠くには尾瀬や奥関東の山々が見えています。
後ろを振り返ると、越後駒が岳の大きな山容が目に入ります。
平ケ岳山頂を望むー遠景は至仏山

登山道はあくまでも緩傾斜です。
雪田を越して、水場、キャンプ場から山頂に向かいましょう。
沢の徒渉点からは、次第に傾斜が強くなります。
平ケ岳の山裾を捲くように作られた最後の登りは強かでした。
でも、漸く到着しました。

「念願が叶って最高に幸せですね!」
そうです、登山口から歩きづめで、2時間15分で到着しました。
遅くなればガスで視界が失われるのを心配したのでしたが、今日は杞憂に終わりそうです。
平ケ岳山頂三角点にてーBergen
山頂の三角点から少し西側の、塔のある地点まで歩みを進めます。
極めて広い池塘群が広がっていますが、もちろん立ち入り禁止です。
南の前方に至仏の山並みが見えてきました。
「ここから沢山の百名山が見えていますよ!」
至仏、燧、会津駒、遠くに日光白根と皇海、北は越後駒!
何れも登りましたね!と、感慨深い。

この辺りはしっかりした木道があるので迷うことは無いが、
霧や悪天候の際はやはり注意が必要であろう。
木道を歩く登りの登山者
長居も不要ですが、あまり早く降りても時間をもてあまします。
取り敢えず、玉子石に向かいます。
最初の分岐点まで戻ります。
分岐点から見える小ピークには、大勢の人たちが!?
「あっ、あの先が玉子石でしょうか?
距離からすればそうですよ」
いよいよ玉子石です。

写真では大きそうに見えるのですが、結構小さいものでした。
しかし、奥の池塘をバックに、雰囲気はなかなかヨロシイ。
「この形は感動ものですね!」
何でも感動してしまうのは、やはり悲願の山頂であったせいでしょうか?
遠くに越後駒ケ岳山頂が見えますー玉子石にて
帰りしなに、山頂方面からきた若者にお会いしました。
なんと、正統派の登山ルート(鷹ノ巣)から登ってこられた由!!
朝4:00から登ってこられたそうで、5時間ほどで登ってきた由!!
「健脚ですね!」
と思いながら、お互いに下山を始めます。

途中でまだ登りのパーティーに出会います。
これはどうしたことでしょう?
「ゆっくりと登ってきたので遅くなりました」
という話ですが、出発時間までは十分に時間はあります。
私が下るのが早いだけです。
「気をつけて、ゆっくりと登ってらっしゃい」
ハクサンコザクラー平ケ岳周辺にて
途中はゆっくりと休憩しながら、のんびりと下ります。
こんなに急な傾斜だったのは、下って初めて実感しました。
「こんなにのんびりと下ったのは、初めてではないでしょうか?」
最後の徒渉点では、汗まみれのタオルやポロシャツを水ですすぎ、
ゆっくりと休憩だ。

登山口で1時間ほど所在無げに待っていると、仙台からの団体客が到着。
なんとか定刻前に出発できた。
「思い立った山行にしては、良い段取りでした」

宿に帰って風呂に入ると、同室だったOさんが浦佐まで送ってくれると言われるではないか!
感謝感激!!
「17時のバスまで1時間半以上も待たないといけないと思っていたので、助かります」
登山口にて待機するマイクロバス 今日の泊まりは新潟である。
幸いにも上越新幹線は30分ほど待つだけで乗車できた。

「明日から仕事です。頑張んないといけないよ!」
長らくの悲願(大げさな!)が達成されたので、気分は高揚しています。
「明日からは、充実して仕事に励めそうです!?」
浦佐駅から新潟に向かう
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